ポスター引用:木曽川町一豊まつり実行委員会Facebookページ
一宮のイベントと言えば「七夕まつり」が有名ですが、木曽川町の「一豊まつり」も有名で今年で34回目となります。
妻・千代の内助の功で知られる初代・土佐藩主の山内一豊は、木曽川町で生誕したのでこのようなお祭りが開催されているのです。
目玉は市民から一豊役などを募集する「戦国時代パレード」。 選ばれた方は当日着付けやメイクなどをしてもらい、パレードの主役となります。 他にも楽しいイベントが盛りだくさんのようなので、早速内容をご紹介いたします!
「内助の功」で有名な山内一豊と千代について
2006年、仲間由紀恵さん主演の大河ドラマ『巧妙が辻』でもテーマとなった山内一豊と千代の夫婦。
戦国時代の夫婦として、有名すぎる二人なので今更説明は不要かもしれませんが、念のため解説させていただきます!
山内一豊はまさに木曽川町で生まれた武将。
織田家が親戚同士で争っていた時代のこと。 岩倉織田氏の家老・山内盛豊の三男として木曽川町の黒田城で生まれたとされています。
織田家はいろいろあって、岩倉織田氏は織田信長家系の家ではありません。 岩倉織田氏は、やがて織田信長に滅ぼされてしまう運命となります。その戦いの間、兄は討死にしてしまいますし、永禄2年(1559年)に岩倉城が落城したことにより、父は自刃。士官するお殿様も当主を失った山内家は一家離散することになり、諸国を放浪するという苦労の家系なのです。
その後一豊は近隣(一宮、岐阜など)の家に仕えますが、ある日主君が織田信長に逆らい出奔したことで、永禄11年(1568年)あたりから信長の配下に入り、豊臣秀吉の家来となります。
織田家でさまざまな武功を上げ、徐々に実力が認められる一豊。 有名な馬揃えの時、妻の千代がためていたお金で馬を買って夫の面目を立てたというエピソードも、この時です。
本能寺の変で織田信長が死去した後は、豊臣家の小大名として活躍し、秀吉死去後は徳川家康に従うといち早く決断し、東軍に参加。 小山会議でどちらにつくか迷っていた大名たちを東軍につくように仕向けた発言が評価され、特に関ケ原合戦では戦場にはでていないものの、土佐一国を与えられ初代土佐藩主となる、大出世を果たしました。
一豊まつりの詳細
けして派手さはないものの、地道な出世を果たしていく山内一豊。 木曽川の方もこんな武将がわが地元で生まれたとなれば、誇りに思いますよね。
さてお祭りは9月17日(日)の10時から16時まで、メイン会場は黒田小学校です。 メインは午前10時30分~午前11時20分からの戦国時代パレードで、コースは「西尾張中央道外割田交差点手前~銀座通り~黒田小学校運動場」となります。
会場の黒田小学校では ものまねライブなどのステージ、アユのつかみ捕りや乗馬体験、キャラクターショー、朝市などの催し物があるようです。
こちらは近隣に駐車場がないので、公共交通機関の利用を推奨しています。 JRの木曽川駅、名鉄の新木曽川駅からどちらも徒歩で行ける距離です。
また当日はイオンモール木曽川、アピタ木曽川から無料のシャトルバスが出ていますのでこちらを利用するのもテです。
お祭りの詳細
地道に出世をしていく武将として、こんなに安定感のある人はそうそういないと思います。 参加したことがないという方は、ぜひお祭りにいってみてはいかがでしょうか。
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